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      <title>世界遺産の解説</title>
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         <title>相互リンク集</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://kenko.navi-net.org" target="_blank" >健康ナビ</a>
<a href="http://kaigai.j-guide.info" target="_blank" >海外旅行情報ガイド</a>
<a href="http://hitoritabi.guide-net.info" target="_blank" >一人旅ガイド</a>
<a href="http://kaigai-kokunai-ryokougaisya.navi-net.org" target="_blank" >海外・国内旅行会社ナビ</a>
<a href="http://kaigai-ijyu.guide-net.info" target="_blank" >海外移住ガイド</a>





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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">４. 相互リンク</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 06 Aug 2008 13:03:56 +0900</pubDate>
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         <title>環境開発と世界遺産</title>
         <description>エジプトのアスワンハイダムといえば、ユネスコの世界遺産活動の発端となったことで有名です。この巨大なダムの建設により、アブ・シンベル神殿をはじめとするヌビア人の建設群が水没の危機にさらされることになったからです。

アスワンハイダムの建設計画がもちあがったのは1960年代です。そしてドイツとソ連の協力によって完成したのは、1970年でした。実はそれよりも前、イギリス支配時代にイギリスが着工し、1902年に完成したダムがありました。アスワンダムです。当時としては世界最大のダムでした。爆発的に増加する人口に対して、毎年氾濫するナイル川を何とかコントロールし、エジプトの農業生産を向上することで問題の解決を図ろうとしたのです。しかし結局この計画はうまくいかず、アスワンハイダムの建設に至ったのです。

アスワンハイダムからアブ・シンベル神殿へと向かう道程はひたすら砂漠のなかを抜ける、果てしなく気が遠くなるような時間です。アブ・シンベルまであと1時間ほどのところにトシュカと呼ばれる町があります。この地は、アスワンハイダムができる前はナイル川の氾濫で時おり水が流れ込むことがありました。現在、このトシュカの町でエジプト政府が推し進めているのが「トシュカ・プロジェクト」です。アスワンハイダムの建設でできた人造湖、ナセル湖の水を運河によって砂漠へ運び、耕地を造成するという途方もない計画です。660億US＄という膨大な費用を要し急ピッチで進められた結果、ポンプが完成、2002年には運転を開始しました。

農業生産は向上し、電力供給も安定しました。しかし、ここでまた新たな問題が起きています。

スーダンとの国境まであとわずかのこのヌビア地方は、世界で最も日照率の高い地方といわれ、朝晩、夏冬の寒暖の差が激しい、典型的な砂漠気候です。ところが、アスワンハイダムの建設、およびナセル湖ができたことで、ダムや湖の水面から水蒸気があがるようになり、雨雲が発生するようになったのです。

この自然バランスの変化は、砂漠に緑をもたらす一方で、洪水が起こらなくなったことで土壌に塩分がたまってしまい、環境破壊をもたらしてもいます。塩害が新たに人びとを悩ませるようになったのです。

洪水から人びとの生活を守るために作られたダム、その建設のために移築を迫られた古代遺跡、多くの犠牲を払って完成したダムは本当に人びとの幸せをもたらすのか、世界遺産の地は今も目を離せない問題が山積みです。

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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:41:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>文化遺産と自然遺産の不均衡</title>
         <description>現在、世界中の注目と期待を集めている世界遺産。しかし、その登録をめぐって幾つかの問題が指摘されています。そのひとつとして、「文化遺産と自然遺産の数の不均衡」があります。

2007年現在、登録されている世界遺産は総数で851件です。そのうち文化遺産は660件、自然遺産は166件、さらに複合遺産は25件です。まず、文化遺産、自然遺産、複合遺産のそれぞれの定義を確認しましょう。

・文化遺産・・・顕著な普遍的価値を有する記念物、建物群、遺跡、文化観など
・自然遺産・・・顕著な普遍的価値を有する地形や地質、生態系、景観、絶滅のおそれのある動植物の生息・生息地などを含む地域
・複合遺産・・・文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ね備えている遺産

文化遺産が自然遺産の4倍近いという不均衡の理由のひとつは、自然遺産の保護が難しいということがあります。つまり開発と保全の摩擦が生じ易いということです。たとえば、自然遺産に登録されているインドの「マナス野生生物保護区」、中央アフリカ共和国の「マノヴォ＝グンダ・サン・フローリス国立公園」など、危機遺産に登録されています。

文化遺産と自然遺産の登録数の不均衡のもうひとつの理由は、自然遺産の場合、対象となるのはひとつの山や谷というのではなく、ある程度の面積をもつ地質、生態系、景観などの全体です。したがって、1つの教会、遺跡、という文化遺産と比べ、その「普遍的な価値」の見極めが難しいということがあります。また登録の条件として、登録された後、将来にわたって継承していくための保護や管理がなされていることが必要とされます。そのために登録後、保全状況を6年ごとに報告し、世界遺産委員会での再審査が行われるのですが、やはり生態系全体の保全は難しく、またその評価も困難です。

しかし「普遍的な価値」を持っていると共に、これからもずっと「持っていて欲しい」ものとして、文化遺産と自然遺産、共に認め、保全に努めていきたいですね。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:40:55 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>登録抹消された世界遺産</title>
         <description>現在、世界中の注目を浴びているユネスコの世界遺産。各国が暫定リストを提出し、登録を待っているものが多数あります。しかし、暫定リストというのは、各国が5年から10年以内の世界遺産への登録を目指し、世界遺産委員会へ提出するリストです。したがって、たとえ各国が暫定リストに掲載し、世界遺産委員会に提出されたとしても、実際、世界遺産委員会がその「顕著で普遍的な価値｣を認めたことにはなりません。ICOMOS(国際記念物遺跡会議)が、現在暫定リストに登録されているものに対して、登録の延期や非登録の勧告を行ったものもあります。

また、世界遺産は登録された後にも、将来にわたって継承していくための保護と管理がなされることも求められます。そのため、その保全状況を6年毎に報告し、世界遺産委員会での再審査を受けなければなりません。ということは、一度登録されたもののその登録を抹消されるケースもあり得るということになります。

その具体的な例が、オマーンのアラビアオリックス保護区(自然遺産)です。

アラビアオリックス保護区は、自然遺産の登録基準10を満たすと認められ、1994年に世界自然遺産に登録されました。

基準10：生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには、科学上、または、保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

基準への該当の根拠：
●絶滅が危惧されるアラビアオリックスの野生の生息地を限定する地理学的・自然地理学的な構造を含んでいる。
●オリックス以外の絶滅危惧種の生息地でもある。

しかし、1996年には450頭のアラビアオリックスが生息していたにもかかわらず、その後その数は減少し、現在は65頭に減ってしまったのです。減少の要因は、密猟と環境悪化です。オマーン政府は保護地域の面積を9割削減することを決定しましたが、世界遺産委員会は、「オマーン政府の決定事項は本物件の世界遺産登録の根拠となった普遍的価値を損なうものである」と判断し、本物件の登録抹消を決定したのです。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:40:37 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産とは？</title>
         <description>1960年代にエジプトのナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムの建設計画がもちあがりました。しかしこのダムが完成すると、エジプト南部のナイル川流域にあるアブ・シンベル宮殿からフィラデルフィアまでのヌビア遺跡群がダムの底に沈むことになります。そこでユネスコは、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンを開始したのです。

世界60カ国の援助で、技術支援、考古学調査支援が行われ、ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿は移築されました。そして、このキャンペーンをきっかけに、開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然などを国際的に保全していこうという機運が生まれたのです。

1972年、ユネスコのパリ本部で第17回ユネスコ総会が開かれ、「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」が満場一致で成立しました。この条約に基づいて、世界遺産リストに登録されたものを、世界遺産といいます。
世界遺産は、以下に分類されます。

●文化遺産・・・すぐれた普遍的価値をもつ建築や遺跡などです。
●自然遺産・・・すぐれた価値をもつ地形や生物、景観などをもつ地域です。
●危機遺産(危機にさらされている世界遺産)・・・後世に残すことが難しくなっているものです。

その他、戦争や人種差別など、人類が犯してしまった罪を証明するものも世界遺産として登録されています。これらは「負の世界遺産」と呼ばれます。
世界遺産リスト登録の第1号は、アメリカのイエローストーンや、ガラパゴス諸島など12件です。内訳は、自然遺産が４、文化遺産が８でした。エジプトのヌビア遺跡群も1979年、世界文化遺産として登録されました。

日本は1992年に世界遺産条約を批准し、125番目の加盟国になりました。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_31.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:37:14 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産への登録基準</title>
         <description><![CDATA[<font color="yellowgreen">●世界遺産への登録基準</font>どうしたら世界遺産に認められ、登録されるのでしょうか？世界遺産リスト登録までの大きな流れを追ってみることにします。

１．登録を求める地域の担当政府機関が候補地を推薦し、「暫定リスト」(＊１)を提出します。
２．ユネスコ世界遺産センターが評価を依頼します。
文化遺産候補については、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)が現地調査をし、報告します。
自然遺産候補については、国際自然保護連合(IUCN)が現地調査をし、報告します。
３．評価を受け、ユネスコ世界遺産センターが登録推薦を判定します。
４．世界遺産委員会で最終的な審議が行われ、認められれば正式登録となります。

登録に必要な要件は、「顕著で普遍的な価値」をもつことです。文化遺産、自然遺産ともに登録の基準が定められており、少なくともその1つは満たしていると判断されることが必要です。さらに登録後は、将来にわたって継承していくための保護管理が求められることになります。登録後、保全状況が6年ごとに報告され、世界遺産委員会で再審査を受ける必要があります。

(＊1)「暫定リスト」とは、世界遺産の登録の前に各国がユネスコ世界遺産センターに提出するリストです。暫定リストへの掲載にあたって、世界遺産委員会は条約締結各国に次の点を求めています。
１．その遺産の「顕著で普遍的な価値」の厳格な吟味。
２．保全活動の適正な実地。

日本では、文化遺産候補については文化庁、自然遺産候補は環境庁と林野庁が主に担当します。さらにこれに文部科学省、国土交通省などで構成される世界遺産条約関係省連絡会議で推薦物件が決定されます。そしてこれが暫定リストとして、外務省を通じてユネスコに提出されるのです。


<font color="yellowgreen">●世界文化遺産への登録基準</font>
世界文化遺産の登録基準

１．人類の創造的才能を表現する傑作。
２．ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
３．現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。
４．人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。
５．特に、不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化（または、複数の文化）を代表する伝統的集落、または、土地利用の際立った例。
６．顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの（この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えています）。

たとえば、日本の世界文化遺産のひとつである「法隆寺地域の仏教建築物」の場合、上記の基準の１、２、４．６の基準を満たしていることが認められています。また、「原爆ドーム」は６の基準を、「紀伊山地の霊場と参詣道」については基準の２、３、４、６を満たしているとして、それぞれ登録されました。

一方、2007年に暫定リストに記載された富士山の場合、1990年代初めからユネスコ世界遺産への登録運動が行われてきました。当初は、世界自然遺産への登録を求める方向でしたが環境整備が整わず、現在はその歴史的背景から文化遺産への登録を求めています。今後、国際記念物遺跡会議による調査が行われることになります。


<font color="yellowgreen">●世界自然遺産の登録基準</font>
ユネスコの「世界自然遺産」に登録されるためには、「顕著で普遍的な価値」をもつことがまず大前提。その他、以下の世界遺産登録基準を少なくとも1つは満たしていると判断されることが必要です。

●世界自然遺産の登録基準(文化遺産の基準が1?6)

７．ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ、最高の自然現象、または、地域を含むもの。 
８．地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには、生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。 
９．陸上、淡水、沿岸、および、海洋生態系と動植物群集の進化と発達において、進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。 
10．生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには、科学上、または、保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。 

各国が暫定リストに掲載し提出した地域を、ユネスコ世界遺産センターの評価依頼を受け、自然遺産候補の場合は国際自然保護連合(IUCN)が現地調査をして報告します。日本では、文化遺産候補は文化庁、自然遺産候補は環境省と林野庁が主に担当します。

日本で世界自然遺産に登録されているのは、2007年現在で「知床」「白神山地」「屋久島」の3つです。さらに、現在暫定リストに挙げられている自然遺産候補は「小笠原諸島」です。

たとえば、知床の場合は自然遺産の登録基準の９と10を満たしていると判断されました。また、白神山地は基準９、屋久島は7と9を満たしていると認められ、それぞれ世界自然遺産に登録されたのです。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_30.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:35:25 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>世界遺産の発端　アスワンハイダムとエジプト</title>
         <description><![CDATA[<font color="yellowgreen">●アスワンハイダム</font>
ユネスコの世界遺産活動は、1960年代に始まったエジプトのアスワンハイダム建設に伴う水没の危機からヌビア遺跡群を救おうとした、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンから始まりました。世界60カ国の援助、技術支援で、ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿が移築されたのです。大・小2つのアブ・シンベル神殿はこの移築により、もとの位置からそっくり６０m上に移動しました。これをきっかけに、開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然などを国際的に守ろう、という機運が生まれたのです。

アスワンハイダムは、アスワンの町から南方12kｍの地点にある幅3600m、高さ１1１mの巨大なダムです。体積は2億379万ｍ２、東京ドームの約164個分です。エジプトが誇る巨大な建築です。ここから上流にかけて全長500kmにおよぶ人造湖、ナセル湖が続いています。琵琶湖の7.5倍といわれます。

スーダンとの国境に近いことから、このあたりは長い間、外国人の旅行は制限されてきました。しかし今、ピラミッドやスフィンクスと並び、このアブ・シンベル神殿はエジプト観光の目玉になりつつあります。ナセル湖では、アスワンハイダムとアブ・シンベル宮殿を結ぶクルーズ船が運航中です。ナセル湖に沈む真っ赤な夕日を眺めながら、水没をかろうじて免れた神殿を臨むとき、そのあまりの大きさ、雄大さに息を呑みます。

ちなみに・・・ナセル湖には、かつて神と祀られたこともあったというワニがたびたび出現するとのこと!　くれぐれも一人で泳ぐのはやめてくださいね。


<font color="yellowgreen">●アブ・シンベル神殿</font>
1960年代のアスワンハイダム建設で水没を危惧されたアブ・シンベル神殿。アスワンの南280km、アスワンハイダム建設によってできた、人造湖であるナセル湖のほとりにあります。

アブ・シンベル神殿は、古代エジプト新王国時代第19王朝のラメセス２世によって建設されました。今から約３３００年前のことです。ラメセス2世は、カルナック神殿やルクソール神殿にも自分の巨像を残しています。よほど自己顕示欲が強かったのでしょう。大神殿正面には4体のラメセス2世像がまさにそびえたっています。その高さは20ｍ。あまりの大きさに圧倒されてしまうばかりです。その巨像の上にずらりと並んでいるのが、日の出を喜ぶ22体のヒヒ。ユニークなその姿には、思わず笑みがこぼれます。

入り口手前には、戦争捕虜のレリーフが残ります。アフリカ系の捕虜など、その顔つきは明らかにアラブ系とは異なります。

アブ・シンベル神殿、正確にはアブ・シンベル大神殿の横には、大神殿にそっと寄り添うように、アブ・シンベル小神殿があります。ラメセス2世が王妃フェルトアリのために建造した岩窟神殿です。４体のラメセス２世と、2体のネフェルトアリ像、さらに足元には彼らの子どもたちの像が刻まれています。

アブ・シンベル神殿では、夜、音と光のショーが催されます。ユネスコによる神殿の救済から始まり、ラメセス２世とその妃ネフェルトアリの夫婦愛、戦いの歴史が星空のもとで繰り広げられます。昼間のあの暑さがうそのように、ナセル湖から涼しい夜風がそよいできます。

ライトアップされた大・小のアブ・シンベル神殿を見ていると、悠久の時間の思いを馳せると共に、このすばらしい遺跡がダムの水の底に沈まなくて本当に良かった、とつくづく思います。


<font color="yellowgreen">●ヌビア人</font>
ユネスコの世界遺産活動のきっかけとなったのは、アスワンハイダムの建設による水没からアブ・シンベル遺跡をはじめとするヌビア遺跡群を救おうとするキャンペーンでした。

このヌビア地方にはヌビア人といって、エジプト人とは異なる風貌の人たちが昔から住んでいました。色黒で、ちぢれた髪をもつ人びとです。自分たちはエジプシャンでもアフリカンでもなく、ヌビア人であるという誇りと、持ち前の人懐っこさで訪れる人を温かく迎えてくれます。アスワンの岩窟墳墓のある丘から北を見ると、集落が広がっています。ヌビア村です。岩窟墳墓下の船着場かの近くからは小型の乗合トラックが出ており、チャーターして周ることもできます。ヌビア人は、エジプトの属国として支配されてきた歴史を持ちます。しかしその独特の言語、文化を維持し、現在でもその面影を垣間見ることができます。

エジプトにはハッジといって巡礼に行った人たちが家の壁に絵を描く習慣があります。通常は、サウジアラビアのメッカに至る交通や神殿の絵が描かれますが、ヌビア人の家々の白い壁には、その他にヌビア特有の絵(羽の生えた動物)が描かれています。ヌビア村の家々の玄関先には、魔よけのワニの剥製が飾られていたりします。また、「ヘンナ」と呼ばれる天然の染料でタトゥーを施す習慣があります。ヌビア風のきれいな幾何学紋様のデザインで、３週間ほど持続します。

ユネスコは、1979年にアブ・シンベルからフェラエまでのヌビア人の建造物群を世界遺産(文化遺産)に登録しました。同じ1997年、ユネスコの援助によって、ヌビア博物館がオープンしました。先史時代からイスラーム時代かけてのヌビア地方の歴史、風俗が美しい照明のなかで展示されています。アブ・シンベル神殿の移築の模様も実にリアルに紹介されています。

確かに、アスワンハイダムの建設により、歴史ある遺跡がその存続を危ぶまれる危機に晒されました。しかしそのダム建設により砂漠に緑が戻りつつあるもの事実です。アブ・シンベル神殿には移築の跡が残っています。

美しく整備された中庭を、夕涼みも兼ねてお散歩しながら、歴史遺産の保全と人びとの生活、環境開発の間の問題を考えてみるのもいいかもしれません。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_29.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">２．外国の世界遺産</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:32:32 +0900</pubDate>
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         <title>アフリカ　チュニジアの世界遺産</title>
         <description><![CDATA[チュニジアンブルーといわれる、青と白のアーチで知られるアフリカ大陸の最北端の国、チュニジア。日本の面積の3分の２ほどのとても歴史の古い国です。シシリー島のちょうど真向かい、まるでイタリアの靴の先でちょんっとつつかれてしまいそうな所に位置する、地中海に面した国です。

建物の多くは壁が白、窓とドアは青色です。いたるところに組み込まれたアーチがリゾート気分を誘います。ここは地中海屈指のバカンスの地。青い地中海を臨む一方で、南部はサハラ砂漠の出発地となります。

北アフリカの先住民族ベルベル人が紀元前に王朝を打ちたて、その後フェニキア人がカルタゴを建国しました。ローマ帝国との戦いのあと、ローマの属領となったかと思うと、7世紀にはイスラム帝国のアラブ人、更にはオスマントルコも入りました。さらにはレコンキスタによってスペインから逃れた難民までも入って、フランスの植民地となり、1956年に独立し共和国となったのです。

長い歴史のなかで、アラブ系、ラテン系、白人、黒人・・・
さまざまな人種が混在し、溶け合い、チュニジア独自のモザイク文化を生み出しています。

チュニジアにはその歴史を物語る遺産が数多く存在し、ユネスコの世界遺産には8件(文化遺産7件、自然遺産1件)が登録されています。

自然遺産
●イシュケル国立公園

文化遺産
●チュニスのメディナ
●カルタゴ遺跡
●エル・ジェムの円形闘技場
●ケルクアンの古代カルタゴ遺跡とその墓地遺跡
●スースのメディナ
●カイルアン
●ドゥッガ

かつてローマ帝国の穀倉地といわれたほどの豊かな農産物と地中海の新鮮な海の幸が人びとの舌を魅了します。トマトとオリーブオイルたっぷりの料理は、とってもヘルシー。どこか懐かしい、と日本でも人気急上昇です。

まだまだ遠い国という印象が強いチュニジア。日本からは残念ながら直行便は出ていませんが、世界遺産ブームのなか日本からの観光客も急増している国のひとつです。ユネスコの世界遺産活動は、これまであまり縁がなかったアフリカの小国と日本を着実に近づけたといえるのではないでしょうか。これもまた、世界遺産効果かもしれません。


<font color="yellowgreen">●イシュケル国立公園</font>
「日が昇る国」と呼ばれる日本に対し、アフリカの北端、地中海に面する小国チュニジアは、アラビア語でマグレブ(日の沈む場所)と呼ばれます。青い海と白い家のコントラストが美しい地中海沿岸の都市チュニス、その郊外の丘シディ・ブ・サイドは、チュニジアで最も美しい街といわれます。南部には、サハラ砂漠の荒涼とした、でもどこか哀愁をおびた風景が広がります。

日本からはるかかなたのアフリカのこの地は、実は映画「スターウォーズ」や「イングリッシュペイジェント」など、数々の映画のロケ地となり、映画ファンには懐かしさを感じさせます。また、チュニジア北部の地中海沿岸近くの湖、イシュケル湖を含む「イシュケル国立公園」は、毎年何十万もの渡り鳥が訪れる手つかずの湿原地帯です。イシュケル国立公園は渡り鳥の重要な中継地として、1980年以来、ユネスコの世界自然遺産に登録されています。ところが湖の水源である川のダムの構築が、湖と湿地の生態系に大きな変化をもたらしました。

ダムのせいで湖に流入する真水の量が激減してしまったのです。そのためヨシやスゲなど、真水植物が好塩性の植物に置き換わりました。これが渡り鳥の個体数を急激に減少させたのです。

1996年以来、イシュケル国立公園はユネスコの危機遺産にも登録されました。チュニジア政府は、真水の保持、塩分の減少のために幾つかのステップを試みました。しかし塩分濃度の極度の上昇により、回復の可能性が急速に失われていることが、国際自然保護連合(IUCN)により報告されています。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_28.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">２．外国の世界遺産</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:27:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本ユネスコ協会の活動</title>
         <description>日本では現在、文化遺産が11件、自然遺産が3件、合計14件の世界遺産が登録されています。また自然遺産では小笠原列島、文化遺産では富士山や彦根城など、合計9件が世界遺産候補として暫定リストに登録され、世界遺産への登録を目指し、その調査とPR活動を積極的に展開しています。

そもそもユネスコの世界遺産活動は、世界中の遺産を国際的な組織の枠組みのなかで保全していこうという取り組みです。世界にはさまざまな要因で保護が困難になっているところがあります。日本ユネスコ協会連盟は日本だけではなく、アフガニスタン、ネパール、ベトナム、パキスタン、フィリピンで世界遺産の保護活動を行っています。

たとえば、どのような活動があるのか、具体的にみてみましょう。

ベトナム社会主義共和国では、2005年３月?2005年9月にかけて、ベトナム・ユネスコ国内委員会と協力し、ベトナムのファンニャ・ケバン国立公園(2003年に自然遺産として世界遺産リストに登録)の持つ貴重な価値を観光客や地元に人びとに知ってもらうためのパンフレットを663,000円の支援額をもって、制作、配布しました。

またアフガニスタンのバーミヤン渓谷では、2004年に着工、2005年には保存・修復技術研修センターを完成し、「人材の育成」に取り組み始めました。

もちろん日本でも、日本で初めて世界遺産として登録された自然遺産のひとつである「白神山地」で2005年4月?2006年3月に、植栽活動を展開しました。白神山地とその周辺の山地を未来へ引き継いでいくことを目指した活動です。

世界遺産リストへの登録の本当の意味は、登録後にいかにそれを維持し未来に伝えていくか、また世界遺産と共に生活していくことに誇りを持てるようにしていくかです。こうした持続的な活動を広く展開してほしいですね。

また、日本ユネスコ協会連盟は、全国のユネスコ協会、個人、企業、学校などに募金の協力を呼びかけ、協会の世界活動に対して理解を求めています。募金は、日本ユネスコ協会連盟が行うさまざまな世界遺産活動に活用されています。

たとえば日本ユネスコ協会では、2005年4月?2006年3月にかけ、現地パートナーの社会法人青森県ユネスコ協会と協力し、世界遺産である「白神山地」を未来の子どもたちへ引き継ぐために植栽活動を行いました。支援額は2,500,000円です(2006年度の継続実地分も含めて)。この事業では、テレビ愛知が愛知万博の会場で募った募金が活用されました。

募金方法

●インターネットでの募金：財団法人日本ユネスコ協会連盟のホームページからカード決済で。
　＊http://www.unesco.or.jp  社会法人日本ユネスコ協会連盟
●自動引き落としでの募金：毎月指定の口座から、一定額(1000円?)自動的に引き落とすかたちで募金します。振り込み手数料は無料です。
＊申し込み手続きは(社)日本ユネスコ協会連盟は請求。
(社)日本ユネスコ協会連盟
〒150-0013　東京都渋谷区恵比寿1?3?1　朝日生命恵比寿ビル12階
TEL：03?5424?1121　FAX：03?5424?1126

●現金による募金：郵便局からの振込み。手数料免除口座から、振り込み料は無料です。
＊口座番号：00190?4?84705　
　口座名：(社)日本ユネスコ協会連盟

その他、ユネスコカードから募金する方法があります。これはカード所有者の負担はなく、カード(ユネスコUCカード)を持つだけでカード会社からカード使用金額の一定額が協会に寄付される仕組みです。

何か日常のちょっとした形で、世界遺産の保全に自分も協力できることを見つけていきたいですね。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_27.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:26:09 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>世界遺産とユネスコの活動</title>
         <description>1972年のユネスコ総会で採択された「世界遺産条約」(「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)に基づいて、世界遺産リストに登録されたものを世界遺産といいます。では、その「ユネスコ」とはいったいどのような機関であり、どのような活動を行っているのでしょうか。世界遺産をめぐる活動の根拠となっている「ユネスコの理念」目標とはどのようなものなのでしょうか？

ユネスコ(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization) 、その頭文字をとってUNESCO、とは、「国際連合教育科学文化機関」です。国際連合の経済社会理事会の下におかれる、国際連合の専門機関です。教育、科学、文化の発展と推進を目的として、1945年に採択された「国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章)」に基づいて1946年に設立されました。フランスのパリに本部が置かれています。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」(ユネスコ憲章の前文より)

には、教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さない、というユネスコ設立の目的とその精神を明確に示されています。ユネスコは、その活動において重点的に推進される目標として次を挙げています。

●万人のための基礎教育
●文化の多様性の保護および文明間対話の促進

前者については、たとえば、識字率の向上や義務教育の普及のための活動が行われます。一方、世界文化遺産に関する活動は、この後者の目標について実施されています。具体的には、１．世界遺産の登録と保護、２．文化手要請条約の採択、および３．世界の記憶事業(歴史的記録遺産を保全する活動)です。

日本は、国際連合への加盟が認められた1956年より早く、1951年にユネスコに加盟しています。2006年7月現在で、加盟国は191カ国、準加盟国は６を数え、各国の高い関心を集めています。


ユネスコの主な活動

１．「万人のための基礎教育」
２．「文化の多様性の保護および文明間対話の促進」

世界遺産の登録と保護は、２に基づきます。ユネスコはその他に、１の活動として、識字率の向上や義務教育の普及活動を行っています。この１の活動は、日本の財団法人ユネスコ協会連盟においては「寺子屋運動」として展開されています。世界中のすべての人に教育の機会を提供し、読み書きや計算を学べるようにしようという運動です。

具体的には、学習の場の建設、識字と生活技術の授業、教員・寺子屋運営者の研修、さらに教材づくりも行います。

2002年?2013年は、「国連識字の10年」と定められました。すべての子どもたちが学校に通えるように、また成人女性の識字率向上を目指しています。

その他「一杯のスプーン」と題し、発展途上国の寺子屋で学ぶ子どもたちや、スラムで生活する子どもたちへ給食を提供し、栄養プログラムを実施する活動です。これは1974年に始まった国際協力活動です。食糧、医薬品の支援も行っています。たとえば、アフガニスタンの子どもたちに緊急薬品と食料支援、ネパールの仏教協会へ医薬品と食料支援を行っています。

日本ユネスコ協会連盟は、これらの活動への協力として募金や書き損じのはがきの回収を呼びかけています。さらに、この現実をじかに体験して支援のあり方やニーズを知るために、協会では「寺子屋運動スタディツアー」も行っています。

私たちが日本で当然のように受けた義務教育を受けられない子どもたちが、世界には7700万人いるといわれます。文字の読み書きができない人は7億8100万人にのぼります。この現実を考えるとき、私たちは自分たちがいかに恵まれているかを実感すると共に、その機会を奪われてしまっている世界の子どもたちや人びとに何かできることはないか、と真剣に思います。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_26.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:24:28 +0900</pubDate>
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         <title>京都・奈良の文化財</title>
         <description><![CDATA[<font color="yellowgreen">●京都</font>
1993年に法隆寺と法起寺をはじめとする「法隆寺地域の仏教建造物」がユネスコの世界文化遺産に登録されたのに引き続き、その翌年の1994年には修学旅行でもお馴染みの金閣寺、銀閣寺をはじめとする「古都京都の文化財」が同じく世界文化遺産に登録されました。さらにこの後1998年には、大仏で有名な東大寺、正倉院をはじめとする「古都奈良の文化財」も文化遺産に登録され、日本の世界遺産ブームに火をつけたといっていいでしょう。

「古都京都」とは、京都府京都市・宇治市、および滋賀県大津市一帯です。文化遺産登録の基準、２，４を満たしていると認定されました。

基準２：「ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。」具体的には、「京都は8世紀から17世紀の間、宗教・非宗教建築と庭園設計の進化にとって主要中心地であった。そのように、京都は日本の文化的伝統の創出において決定的な役割を果たし、特に庭園の場合において、それは19世紀以降世界の他の地域において意義深い影響を与えた。
基準４：「人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。」具体的には「京都の現存文化財における建築と庭園設計の集積は前近代における日本の物質文化のこの側面に関する最高の表現である。」

対象となったのは、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の他、「清水の舞台」で有名な清水寺、庭で有名な西芳寺(苔寺）や龍安寺、さらに、上鴨神社、下鴨神社、東寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺、平等院、宇治上神社、高山寺、西本願寺、二条城です。

京都には、他にも「鴬張り廊下」で有名な知恩院や、京都御所、嵯峨嵐山、桂離宮など、世界遺産に登録されて決して不思議ではない物件が多数あります。実際、これらの物件の追加登録の計画がもちあがっています。


<font color="yellowgreen">●奈良</font>
京都・滋賀県の「古都京都の文化財」が1994年にユネスコの世界文化遺産に登録され、その後、1998年には奈良県「古都奈良の文化財」が同じくユネスコ世界文化遺産に登録されました。日本では9件目の登録です。奈良県では京都よりも先に、法隆寺と法起寺をはじめとする「法隆寺地域の仏教建造物」が1993年に世界文化遺産に登録されています。

文化遺産登録基準の２，３，４，６を満たしていることが認定されたためです。

基準２：「ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。」具体的には「古都奈良の文化財は日本建築と日本美術の進化のひときわ優れた証拠性を有しており、それらは中国と朝鮮との文化的つながりの結果であり後世の発展に重要な影響を与えることになった。
基準３：「現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。」具体的には、「奈良の建築遺産は、奈良が首都であった時代に開花した日本文化の唯一の証左である。」
基準４：「人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。」具体的には、「奈良における皇室宮殿の配置と現存文化財の設計は、初期アジアの首都群の建築と都市設計に関するきわだった例である。」
基準６：「顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの（この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている）。」具体的には、「奈良の仏教寺院と神社は、ひときわ優れた形で宗教の連続的な力と影響を証明する。」

対象となったのは、東大寺および正倉院、興福寺、春日の大社、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城京跡、春日山原生林です。先に登録された法隆寺と並び、修学旅行などで訪れたことがある人も多いのではないでしょうか。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_25.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">３．日本の世界遺産</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:22:53 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>日本の世界自然遺産「知床」</title>
         <description>日本にある３つの世界自然遺産のうち、最も直近の2005年(平成17年)7月に登録されたのが「知床」です。知床半島は、北海道の東北端に位置します。周囲をオホーツク海と根室海峡に囲まれています。

●所在地と面積
・北海道斜里郡斜里町、北海道斜里郡斜里町、目梨郡羅臼
・知床半島中央部から先端部にかけた陸域とその周辺海
・中心部　北緯44°07′23″、 東経145°09′36″
・710km2 （陸域487km2、海域223km2）
●自然の特徴
知床は、世界で最も低緯度の季節海水域であり、北半球でもっととも低緯度で流氷を観測できる地域です。流氷によってもたらされた栄養分が植物性プラ
ンクトンを大量に発生させ、食物連鎖の基盤となります。そしてトドなどの海洋生態系と、ヒグマなどの陸上生態系が相互に関係し、複合生態系を形成して
います。

その他、知床には、海浜植物のハマナスやハマニンニクから、高山帯の岩礫に生育するシレトコスミレやメアカンフスマ、コマクサなど、海抜の低いところ
から高いところまで垂直的な植物の分布がみられます。シレトコスミレやチシマコハマギクなどは、知床固有の希少種です。
また、国際的な希少種でもある、シマフクロウやオオワシ、オジロワシも生育しています。日本最大の陸上食肉類であるヒグマ、エゾシカなど、大型の哺乳
類も高密度でも棲息しているのです。これらはいずれも知床の豊かな自然を象徴しています。

現在、遺産地域の適正な保全管理の推進のため、「知床世界自然遺産地域連絡協議会」が設置されています。また、「知床世界自然遺産地域管理計画」も作成され、管理体制を整えています。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_24.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">３．日本の世界遺産</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:21:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>世界無形遺産</title>
         <description>日本の文化財保護法は、「演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとって歴史上又は芸術上価値の高いもの」を無形文化財とし、そのうち重要なものを「重要無形文化財」として指定できると規定しています。たとえば、「人形浄瑠璃文楽」、「能楽」といった芸能、「備前焼」といった工芸です。

これらの日本の重要無形文化財と同様、世界中に「無形」の素晴らしい遺産があります。ユネスコは2003年第32回ユネスコ総会で「無形文化遺産保護条約」を採択しました。それに基づいて登録される予定の世界的な価値のある無形の文化財を「世界無形遺産」といいます。

対象となるのは、民族音楽、ダンス、劇などの芸能や、社会的習慣、儀式、祭礼、伝統工芸技術、文化空間です。有形の世界遺産については、1972年採択の世界遺産条約「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」でリストアップされていました。しかし、口承文学や芸能などの無形の文化財をその枠組みのなかで保護することが難しい、ということで「無形文化遺産」として新たな枠組みが作られたのです。

世界無形遺産リストには、次の2種類があります。

●「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」(代表リスト)
●「緊急に保護する必要のある無形文化遺産の一覧表」(危機リスト)

具体的には、エジプトの叙事詩「アル・シラー・アル・ヒラリア」(口承の伝統と表現)、イタリアの「シシリアの人形劇」(芸能)、コロンビアの「バランキーヤのカーニバル」(儀式および祭礼)などがあります。

アジアでは、たとえば、インドの「ラーマーヤナの伝統演劇」、大韓民国の「バンソリの詠唱」(芸能)などがあります。

日本でも、2001年に「能楽」(芸能)が、2003年に「人形浄瑠璃文楽」(芸能)、2005年には「歌舞伎」(伝統芸能)が、それぞれリストに掲載されました。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_23.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">１．世界遺産の概要</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:20:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>法隆寺地域の仏教建造物</title>
         <description>「法隆寺地域の仏教建築物」は、1993年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。世界文化遺産の登録基準１、２、４．６を満たしていることが認められたためです。具体的に、国連から依頼を受けて文化遺産の現地調査にあたるICOMOS(国際記念物遺跡委員会)は、基準について次のように述べています。

基準１：「人類の創造的天才の傑作を表現するもの。」具体的には、「法隆寺の建築物群が、木造建築としての構造・配置量観点から傑作である。」
基準２：「ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。」具体的には、「同建造物群が、仏教伝来直後の仏教建築物で、日本の宗教建築に深い影響を及ぼした。」
基準４：「人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。」具体的には、「同建造物群は、中国文化への順応、日本の寺院建築の配置、および結果的に日本独自の様式を確立した代表的な例である。」
基準６：「顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。」具体的には、「日本への仏教の流入、および聖徳太子の仏教奨励が、同地域への仏教の浸透に際立った特徴を示している。」

「法隆寺地域」とは奈良県生駒郡斑鳩町を指し、法隆寺および法起寺の建造物のことです。この地域の仏教建築物は、聖徳太子と深い関連があります。中国の六朝時代の建築の影響が強いことでも知られ、法隆寺の西院伽藍は、世界最古の木造建築物といわれています。明治時代初期、仏教寺院や仏像などを廃毀し仏教に対して弾圧を加えた「廃仏毀釈」によって、法隆寺をはじめとするこれらの寺院も打撃を受けました。しかし第二次世界大戦後、文化財保護法により国宝ならびに重要文化財に指定され、世界遺産への登録に至ったのです。
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         <link>http://www.sikou.net/2007/11/post_22.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">３．日本の世界遺産</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:19:45 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>エジプトの世界遺産</title>
         <description>ユネスコの世界遺産活動の発端となった、アブ・シンベル神殿をはじめとする「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア人の建造物」の他、エジプトには７つの世界遺産が(自然遺産1件、文化遺産6件)が登録されています。

自然遺産
●ワディ・アル＝ヒタン(鯨の谷)
ガバル・ゴハンアムの麓に広がる谷。ガバル・ゴハンナムとはアラビア語で「地獄の山」を意味します。

文化遺産
●「アブ・シンベルからフェラエまでのヌビア遺跡群」
アスワン・ハイダムの建設によって水没の危機にさらされたアブ・シンベル大神殿・小神殿、フィラエ神殿、カラブシャ神殿などのヌビア地方の遺跡群を指します。ユネスコの世界遺産登録の先駆けとなった救済キャンペーンによって、神殿14、聖堂３、墳墓１が水没を免れ、現在に至っています。

●「メンフィスとその墓石遺跡＝ギザからダハシュールまでのピラミッド群」
エジプトといえば、真っ先に思い浮かべるのがピラミッド。世界遺産ではギザのピラミッド、サッカラの階段ピラミッド、ダハシュールの屈折ピラミッド、メンフィスの遺跡などの建造物が文化遺産に登録されています。

●「イスラム都市カイロ」
エジプトの首都、カイロのイスラム地区やオールドカイロにある7世紀から20世紀に建てられた建造物を指します。喧騒に溢れるなか、街にはイスラムの礼拝、アザーンが1日5回流れます。

●「アブ・ミナ」
2001年に危機遺産リストに登録されました。エジプト独自のキリスト教の一派、コプト教の遺跡群。「コプト」とは、ギリシア人が古代エジプト語でエジプトを表す言葉を訛ってつけた「アイギュプトス」から来る。彼らは、我こそ古代エジプト人の子孫である、という誇りをもっています。

●「古代都市テーベとその墓石遺跡」
カイロからナイル川にそってアスワンへ向かう途中にあるのがルクソール。3500年前、ルクソールはテーベと呼ばれ、古代エジプトの都でした。ルクソールの東岸には神殿が、西岸には王家の墓などの遺跡群が広がります。

●シナイ山の聖カトリーヌ修道院
モーゼが十戒を授かったといわれるのが、シナイ山。シナイ半島南部にある世界最古の修道院のひとつです。神秘的なご来光を臨もうと夜明け前から登山する人も多いです。聖カトリーヌ修道はシナイ山の麓にあります。
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         <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 11:19:00 +0900</pubDate>
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